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2005年9月

2005年9月28日 (水)

コールマンテントは日本の縮図

テントついでに雑感。

一度でも山岳キャンプ場ではないファミリー系のキャンプ場に行ったことのある方は気付かれたかもしれないが、建っているテントを見るとなんだかみんな似たようなデザインカラーではなかっただろうか。そう、どれもこれもコールマンテントばっかり・・・寡占市場の様相だ。ごく希にモンベルやLL Bean、小川テントあたりを使っている方々を見ると通だなぁと思うがほんとに少数派。総じてコールマンテントの使用比率は恐らくファミリーキャンパー全体の半数以上はありそう。ちょっと異常に思うのは私だけだろうか。 なぜに皆コールマンテントを選ぶのだろう。

Colemanは言わずとしれたアメリカでの老舗のアウトドアグッズメーカーである。かくいう私も過去ここのテントを使っていたし、いまでもガソリンストーブ(コンロ)やガソリンランタンは現役だ。コールマンのキャンプグッズラインナップはTENT多岐に渡り、このブランドだけであらかたの道具は揃えられる。一般にブランドキャンプグッズは市場規模の関係なのかけっこういいお値段がするものだが所有感を満たしてくれる値段付けであり、ブランドイメージによって価格は昇華される。

しかし日本で流通しているコールマンテントなどはコールマンの日本法人コールマンジャパンの企画商品であって厳密な意味での本家製とは異なる。製造も中国、ベトナムなどであり製品は安価にホームセンター等で入手できる。これらはコールマンブランドではあるがモノホンのコールマンなのかなという疑問符も付く。だけど日本人のブランド意識と中流意識のうまいところを突いているんですなぁこれが。

決してディスカウント品ではないと意識できるブランドイメージにして意外にリーズナブルなお値段。よく見かける皆と同じものを選んでおけば間違いないという無難性と安心感。敷居の高そうな山岳用品店でなくディスカウント店やホームセンターで気軽に目にすることができる。この辺にファミリーキャンパーはくらくらと来てしまうんでしょうな。

けっしてコールマンテントが悪いと言っているわけではない.。コールマンジャパンのマーケッティングもうまいしコストパーフォーマンスも優れているのは認める。アウトドアに映えるデザインも秀逸だ。でもね、あれだけキャンプ場にあふれているのを見ると、日本社会の縮図を見ているような気がしてならない。余計なお世話かもしれないが、遊びの世界までも皆と同じく右にならえをしなくてもと思うのだが・・・ってやっぱり余計なお世話ですね。

テントコットは物好きのかほり

ちょっと変わったキャンプグッズを紹介しよう。メリケンの地より個人輸入したその名もテント TENTCOTコットなる代物。写真のようにビーチベッドにフレームが付いていて幕体を吊っているような一人用テントだ。これがまた優れもので、テントの設営撤収がビーチベッドと同じようにあっという間にできてしまう。幕体はあらかじめフレームにセットされているので広げるだけで組み上がる。その時間わずか1分。4面メッシュを持っていて夏でも快適。フタをしてしまえば寒さもそれなりにしのげるし、地面から浮いているので地面の冷たさや凸凹から解放されて実に寝やすい。寝てしまうと頭上空間はけっこうあり、棺桶で寝ているような閉塞感は感じない。これで$150程度だった。
ただし良いことばかりでもないんですな。折り畳んでもけっこうなサイズでセダンタイプ車のトランクにはちょっと入らないだろう。この辺はやはりアメリカンサイズ。また防水はオプションの専用フライシートに頼る構造で、このままではシームに防水テープすら張っていないので雨に降られたら大変なことになる。実はまだフライシートは買っていなかったりするので現状はもっぱらタープの下の隅っこに置いて使っている。タープの下でもコンパクトなのでじゃまにならないのがグー。組んだ状態での移動も両手でつまんで動けるのは便利だ。未だにキャンプ場で同型のものは見たことがない。日本ではレア物なんだなぁと思う。まぁこんなものを使う物好きが我が国では少ないのだということには違いないかも。

キジバトのおあじ

KIJIBATO-1 鴨ばかりでなく他の鳥も紹介しておこう。キジバトは狩猟鳥のなかでも狩りやすい種類のひとつだ。射程25~30m前後でもなんとかなり、お肉もそこそこあって食べるのに一羽で一人分ちょうどくらいな感じで具合がよい。写真のとおりきれいな羽模様で公園や神社仏閣にいるドバトとはだいぶ趣が異なる。そこいらのハトは何を食べているのかわかったものではないが、山にいるキジバトは主食が山の木の実なので安心ではある。ちなみにそのドバト、人様にかなり迷惑を掛けているのに非狩猟鳥で、これを狩ると手が後ろに回る。なんででしょうねぇ。

この時は狩ったキジバトをアウトドアで直ぐに調理してみた。狩られたキジバトくんにKIJIBATO-2は申し訳ないが合掌の後に羽むしりとワタ抜きをする。キジバトの羽むしりは鴨に比べるととっても簡単。内蔵は食べられるものとそうでないものを区別する。ちなみに左の写真の中で本体の右側にあるのが砂肝、左側がレバーだ。ハツ(心臓)も探したのだが紛れてしまい見つけられなかった。これら内蔵肉は本体が焼き上がるまで時間が掛かる間につまみ食いで食べてしまうオヤツ用。レバーなど刺身でもいけそうだが、清流とはいえ川の水で洗ったのでちと心配もありやはり焼いてしまった。砂肝もこりこりしていてうまい。

KIJIBATO-3 本体はとりあえず生臭さを押さえるためにペーパータオルでくるめて水気と汁気を吸い取る。ここではたと気が付いた。照り焼きで使おうと思っていた醤油がない。探しまくってクレージーソルトの小瓶を見つけた。このクレージーソルト、塩とコショウとハーブを混ぜたものだがなかなかの優れもので、生系の焼き物にはけっこう重宝する。選択肢がないのでこれをボディにこすりまくって焼いてみた。やはり半生だとやばそうなので焼き方はウエルダンにする。一人だったので飯ごうメシも炊いてミカンとスープを添えて一見リッチなランチとしゃれ込んだ。これも猟期ならではの楽しみのひとつだ。

まいう~、やはり絶命してから直ぐにワタを抜いて汁気を吸い取ると野趣が薄れてけっこういける。クレージーソKIJIBATO-4ルトも効いている感じだ。鴨に比べると味に深みがないが癖がないのが実にいい。自然の恵みに感謝。キジバトくんにも感謝。猟期中感謝しまくりの感もあるが、おかげで最近はだいぶ頭が低くなってきた。決して薄くなってきたとは言いたくない・・・

2005年9月22日 (木)

鴨のあおじ 其の参

KAMO-4-1 さらに鴨ネタ。

野生の鴨といえば大きな河川や山深い湖沼にいるものだと想いがちだが、実は海を生息域にする鴨もいてこれを海鴨と呼び、対して陸側にいる鴨は陸鴨と呼んで区別している。陸鴨が海にいるところを見たことはないが、海鴨は食べ物がなくなると海の近辺にある湖沼まで出張してきて陸鴨に混ざるので紛らわしい。鴨類なので見た目はどちらも同じように見えるが、ところがどっこい陸鴨と海鴨では大きな違いがある。なにを隠そう海鴨はおいしくないのだ。クサミだって半端じゃない。匂いも強く、キッチンで捌こうものなら一種独特の香りが充満する。鴨肉を分けてくださるようなありがたい方がいても、海鴨だったら丁重にお断りした方が良い鴨。
ハンターになって初めて狩った鴨類が海鴨だった。内陸の沼にいたので海鴨とはまったく意識せず喜んで持ち帰ったのだった。帰ってから調べるとホシハジロという種だと分かったがワタを取って砂肝を割ってみたら一目瞭然。貝のかけらや海藻のつぶれたのやらが出てきた。匂いも磯の香りがぷんぷん、う~むこれは難物。簡単に鴨鍋だぁなんてとても出来る代物ではなかった。困ったときのインターネット。とりあえず冷凍していろいろ調べてみた。そこで発見したのがハングリーハンターさんのホームページ。後に知るのだがここは日本一有名な狩猟鳥獣のお料理紹介サイトだった。ここを参考にさせていただいて蜜柑ソースを作って食べてみたがなんとか食べられる。でもなんとかっていうレベルなんだなぁ。期待が高すぎたのかもしれない。それ以来鴨だったら陸ものだぁと一丁前に選ぶようになって、そうこうしながら泥沼にはまっていったのであった。

2005年9月20日 (火)

鴨のおあじ 其の弐

KAMO-3 ひつこく鴨ネタ。

一般に鳥肉といえば鶏肉、つまりニワトリのお肉を指すのが普通。野鳥の肉はお肉屋さんではまずお目にかかれないのでけっこう珍しがられたりする。料理屋で鴨と言って出されてくるのは養殖ものの合鴨(あいがも)で、アヒルと鴨のハーフであり本来の野趣からはやや遠い味となる。で、我が家を含む普通の人々にとって野生の鴨が食べられるっていうのはそうそう機会があるわけでもないので、初めて食べるなんて時にはけっこう期待に胸ふくらましたりするものらしい。でも・・・でもですね料理の仕方にもよるのだけれど、はっきり言ってすっごく美味しいものなんだよとはとても言い切れない。野生の鴨は総じてクサミが強く、これを上手に抜かないとせっかくのお肉が泥臭い風味になってしまうのだ。美味しく料理として仕上げてあげるのもハンターの腕のうち。カモネギとはよく言ったもので鍋料理などで肉のクサミを抑える長ネギは必需品でもある。理想は鴨がネギ背負ってやってくること。なんといってもこれに尽きる。
同じ鳥でも肉屋で買ってくるニワトリの肉はとても淡白であっさりしているのに、片や野生の鴨は正反対。これを野趣と呼んでしまえばそれまでだが実はそれだけではない。野鳥は捕獲してから直ぐに捌いてやらないと血液が体中に回って淡白さが損なわれる。鴨などただでさえクサミがあるのにお肉がみ~んなレバーのようになってしまうのだ。これは悲しい。鳥を獲り始めたころ、その辺のことがよく分かっていないままムクドリやヒヨドリなどを持って帰っては焼き鳥にして食べていたが、まるごと食べてもレバ焼きを食べているような感覚だった。自然のものを自然に美味しくいただくために自然な素早い処置は必須であると痛感。しかも鳥の姿で自宅へ持って帰ると嫌がるカミサンも、お肉の状態にして持って帰れば許してもらえるというまさに一石二鳥のメリットもある。
しかし河原や湖畔で、怪しげなオッサンがビニール袋片手に持って一心不乱に鳥のワタを取ったり羽をむしったりしている姿は、愛する人にはとても見せられない光景だなぁ・・・と、ふと思ったりする。

鴨のおあじ 其の壱

引き続いて鴨ネタ。

日本で狩猟の対象、つまりは捕って食べることのできる鴨類11種のうち、もっともポピュラーかつ美味いと目されているのがマガモだろう。写真のKAMO-2 ように首から上が鮮やかに輝く緑色の彩色がきれいで美味そう、実にキレウマそうなのだ。ハンター達は玄人ぶってアオクビなどと称している。青じゃなくて緑なんだけどね。渡りガモとしては個体も多く湖沼などで見たことのある方も多いだろう。実はこのマガモくん、餌付けされている奴らを除く自然体の連中は実に神経質で、人間を半径30m以内にはなかなか招き入れてくれない。射程が遠いのと腕の悪さでアオクビゲットはチャンスがあっても外してばかりでまるでダメ。そんなわけで残念なことにまだ我が家ではマガモを食したことがない。いままで食べたカルガモ、コガモ、海ガモのホシハジロとは違う絶妙なお味らしいので来シーズンはなんとかご相伴にあずかりたいと思っている。しかしカモネギというように鴨がおいでおいでと待っていてくれるわけでもないんですな。ハンターとの勝負は食うか食われるかではなく、鴨にとっては食われるか逃げられるかということになる。この勝負、少々鴨にとって分が悪そうだ。

2005年9月18日 (日)

農耕民族

KAMO-1 日本人は農耕民族である。狩猟を生活の糧としてごく自然に活用してきた欧米とは本質的に異なる種族だ。生命を大切に扱う宗教観に根ざした博愛の情が深いのも我が国ならではだろう。童謡で歌われる「ぼっくらはみんなぁ生っきているぅ」ではないが動物の殺生についても慎重な見方が多い。狩猟は奈良の神社仏閣にいる鹿のお友達や不忍池にぷかぷか浮いている鴨の親戚を狩って食べてしまおうというのだから、行為そのものは警察や行政から許可を取っているからというだけの理由では衆目に理解はしてもらえないだろう。我々は家畜を食べる。牛や豚や鶏を食べる。では鹿や猪や鴨は狩って食べちゃだめなの?かわいそうだからだめなの? 確かにかわいそうであることには違いない。仕留めた鴨を捌くとき、絶命したつぶらな目でこちらを見られた日にゃ一瞬だが悔悟の念が湧く。でも一瞬だけ。料理した獲物が食卓に上れば、自然の恵みに家族一同感謝しておいしく頂戴する。決して無益な殺生ではない。自然の恵みに感謝する気持ち。これこそ食卓に上がった自然動物達へのレクイエムになると思うのだ。

鴨のきもち

当ブログのタイトルについて説明しておこう。

ブログを始めるに際してまず考えなければならないのがお題目。イマジネーションの乏しさから直ぐには思いつかなかったが、家族に聞いてみると真っ先に返ってきたのが「カモの~」とかいうフレーズ。なんでブログにカモなのかと思うが、どうも近年食べさせてやるようになった鴨肉の味と、リビングに置いてあるカモのデコイ(おとりに使うカモの模型)のイメージが重なったらしい。以前に初めて狩ったカモを意気揚々と自宅へ持ち帰ってきたとき、明らかに迷惑げな顔をしたカミサンに言われた皮肉「カモの気持になってみたら?」を思い出して早速利用させてもらった。食べられてしまったカモにとってはこれもいささか迷惑なことかもしれない。

2005年9月17日 (土)

ついに始めてしまった

今や世はブログが大流行。会社の入社試験でもアクセスの多いブログを作ってこいなんてのもあるご時世。まぁ試しにと作ってみました。どこまでやるかはまったく未知数。ぼちぼちやってみます。

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