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2006年3月

2006年3月27日 (月)

ラストコンサート

Suisougaku 昨日の日曜日、高校の吹奏楽部に所属する娘のコンサートに行ってきた。
正確には所属していたと言うべきか。この最後の定期演奏会を最後に学校も卒業、娘もめでたく引退した。しかしきょうびの高校生達はなかなかすごい。以前は吹奏楽部なんて鼓笛隊に毛が生えた程度などという認識を持っていたのだがとんでもない。まさにオーケストラそのものでそのレベルの高さには脱帽ものだ。また最近は「見せる」演奏をしてくれる。椅子に座って楽器を奏でるだけではなくパフォーマンスもちりばめて構成してくれて実に見応えがある。1800席もある演劇場の演奏会場をこのコンサートだけでほぼ埋めてしまうのだから大したものだと思う。
娘のパートはトロンボーン。いまから6年前、娘が中学校の部活動で吹奏楽部に入ると聞いたときに楽器は自前で買うと高価だろうなぁと内心戦々恐々だった。しかもこんな小さな子がトロンボーンなんていう大きな金管楽器なんてできるのかいなといぶかったりもしたが、よくぞこの日までがんばってきてくれたものだ。
人生はこれからだ。地道な努力とチームワークがあってこそ多くの人たちを魅了することもできたのだ。これからも一歩一歩踏みしめて歩んでいってもらいたい。
本日は親馬鹿モードでござりました。

2006年3月22日 (水)

博多ラーメン

さて博多初日の夜。TAIHOU
せっかく初めての土地なのでうまいものをとの期待が膨らむ。ふらふらとホテル近辺を歩く と下関と長崎の中間にあるということで双方のうまいものが目に入る。ふぐなんていいなぁ。明太子もうまそう。でもここはご当地ラーメンから攻めてみようと意を決した。ほんとは懐具合と相談したのだが・・・
博多と言えば博多ラーメン、なんのリサーチもなく出掛けて一番目立った看板の店に入ってみた。「大砲ラーメン」とはまた勇ましい。後に調べるとけっこう博多では有名な店だったようだ。
あっさりとしたトンコツ風スープに素麺のように細い細麺。スープがあっさり味でも麺が細いので良く絡む。なかなか美味しく頂戴した。
さて明日はまだお仕事もあるので夜はほどほどに・・・

博多出張

久しぶりに出張の機会に恵まれた。
POKEMONJET 今回の訪問地は福岡県の博多。生まれて初めて訪れる地で、仕事はいえこういう機会はありがたいものだ。移動日の午後一番から現地で打ち合わせが入っているので羽田朝8時の飛行機に乗ることになった。搭乗ゲートへ向かっているとなにやら家族連れが幾人も写真を撮りまくっている。視線をやるとこれがポケモンジェット。いや厳密に言うとピカチュウジャンボと言うらしい。こんな派手なジェット機を全日空は4機も飛ばしているのだそうだ。話によると機内で売っているポケモンウオッチがレアもので人気とのこと。ちなみに福岡便は普通のジェット機だった。
しかし毎度のことながら羽田の朝の出発便ラッシュはすごい。滑走路のタキシーウェーには離陸待ちの行列に10機ぐらい並ぶ。やることも無かったので離陸間隔を時計で計ってみると一本の滑走路から2分弱で一機が離陸していく。管制官も大変だ。
先日のこと、ニアミスを誘発した管制官の業務責任を問う裁判で被告人無罪の判決が出た。航空管制の事はよく知らないが多分神経をすり減らすような仕事なんでしょうな。私には逆立ちしても出来ないだろう。
本日の仕事は無事終わりビジネスホテルへチェックイン。ホテルは全国的に不正改造工事で一躍有名になった某ホテル。でもこのホテルチェーンは朝食は無料、インターネットLAN接続無料、電話無料、ビジネスソックス一本プレゼントという実にありがたいサービスがある。というわけで浮いた分でうまい晩飯でも食べられるかな。

2006年3月19日 (日)

南極物語

久しぶりにいいテレビ番組を見た。高倉健主演の邦画「南極物語」Penguin
この映画は封切り時に映画館で観たのだが、もうかれこれそれから23年も経つのですなぁ。月日の流れをしみじみと感じてしまう。あの当時、最大の失敗はこの映画を野郎と連れ添って観に行ってしまったこと。見終わってこいつは女の子と一緒でなければいけなかったと最大限に後悔した記憶がある。内容はご存じの通り感動のドキュメンタリー。大自然の営 みの中にあっては一個の生命はなんと脆弱なことか。その後、アウトドアや狩猟にと傾いて行った自分の原点がこの映画の中にあったような気がする。ヴァンゲリスのサントラもすばらしかった。このCDがどうしても欲しくて秋葉原の石丸レコードセンターまで買いに出掛けたのも思い出だ。
ディズニーでも似たような映画を作ったらしい。でも興味は沸かないですな。やはりタロとジロの物語はリメイクしたとはいえ日本人以外には演じて欲しくはない。ちょっと神聖なものを感じるんですよね。なんだかアメリカ版ゴジラみたいな気がしてどうもいただけない。という映画については保守的なわたくしなのであった。

2006年3月13日 (月)

たまにはラーメンもいいもんだ

ramen 久しぶりにラーメンなど食べに行った。
実は当地は意外なラーメン激戦区であり老舗、新進とりまぜてなかなか選択肢には事欠かないという良い土地柄である。今回は「長谷川家」を選んだ。醤油トンコツの吉村家から正式にのれん分けされた俗に言う家系のお店だ。創業主のご主人が亡くなって奥様が必死にしのいでいたが、息子さんが引き継ぎ一安心。なんとホームページまで作ってあるのに気が付いた。さすがデジタル世代のラーメン屋店長は違うね。
まだラーメンがいまのようなカルチャーとして確立されていなかった20年ほど前、横浜市磯子区にあった当時の本家吉村家に噂を聞いて初めてラーメンを食べに行った。行列に並んで食べたラーメンはスープの上部厚さ10mmは脂かと思うような濃密なものだったのを記憶している。その後あちらこちらで話題に上るラーメン屋さんを食べ歩いたが、自分のラーメン道の原点はここにあったのではないかと思っている。ラーメンのうんちくを語る人たちはそれこそ星の数ほどいるのであえて多くは語らない。醤油だろうが味噌だろうが塩やトンコツなんでもこい。並盛り¥600の世界、失敗したってたかが知れている。ぶらっと入って美味しかったら儲けモノ。そんな気持ちで食べ歩いている。
さて次はどこのお店に行こうかなっ。

2006年3月 6日 (月)

道路は危険がいっぱい

Teppomichi 陽気の良い日曜日、サンデードライバー的にはエンジンに油を回してやらにゃいかんとお出かけした。海岸通りを快適に飛ばしながらふと視線をずらすと、なにやら物騒な看板が・・・
えっと、ただそれだけです。しかしこんなデンジャラスな道は歩きたくないですなぁ。

2006年3月 5日 (日)

鹿肉で焼き肉

Shikaashi-1 冷凍してあった鹿肉を解凍して食べてみた。自分で獲ってきた獲物は全て食べ尽くしているので、もちろんこれは頂き物。形からすると前足の部分か。小さいのでバンビクラスかな。でもこれだけあればけっこうな分量のお肉がとれそうだ。
解凍後に骨からお肉を剥いでいく。包丁が切れなくて難儀しながらやっていたのでキッチン周囲が血だらけになる。カミサンや子供にはテレビでも見ていてくれと人払いをしておいて正解だった。調理のために捌くだけでもこんなに面倒なのに、雪山の中で一頭獲って解体する苦労はたいへんなものだろう。厚意でお分け下さった某氏に感謝、感謝。Shikaniku-1
全部で右の画像の倍くらいの量になる。これなら家族4人腹一杯に 食べられそうだ。散弾Sandan-1 で仕留めた鹿なので弾がけっこう肉に食い込んでいる。鉛玉は食べても胃酸などでは融けずにかたまりのまま体外に排出されるが、肉と一緒に食べるにはあまり気持ちのよいものではないのでできるだけ取るように気をつけた。
散弾がヒットしたためにけっこう血が肉に回っているので、叩いてできるだけ血の気を抜いて柔らかくする。さらに生姜を足した焼き肉 のタレでクサミを消す。鹿肉の風味を残すにはあまり強い調味料は避けたいところだが、クサミ抜きのためには仕方がない。フライパンでジュウジュウと焼く。できれば網焼きの方がいいYakiniku-1のだが家庭のコンロではちと難しい。今度アウトドアではやってみたいね。
Shikayaki-1 出来上がったお肉を盛りつけていただく。鹿肉っぽい風味は残りながらもいやなクサミもなく良い感じだ。これなら子供らでも食べられる。マトンのジンギスカンなどよりクセがなくてうまい。
来シーズンには自分で仕留めた鹿を食べてみたいなぁ・・・と思う。ただし道はとほい・・・

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