« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006年9月

2006年9月29日 (金)

サンドブラストでアートに挑戦

サンドブラストとはあまり聞き慣れないことば。

細かい珪砂に圧力を掛けて対象物に吹き付けて金属表面の錆びや汚れを取ることはかなり以前から行われていたが、これをアートの世界へと持ち込んだのはなかなかのアイデアだ。
Mihon 場所は神奈川県藤野にある県立藤野芸術の森。いろいろな体験工房があって大人も子供も楽しめる。最近はなかなかこういうクリエイティブなことをする機会も少ないのでけっこうわくわくするものですな。今回子供とカミサンはこのサンドブラストでコップ細工に挑戦しCut た。左の画像のようなステップを踏んで完成する。要はビニールテープでマスキングしてカッターナイフで開口した部分に珪砂を吹 き付けて曇りガラスにしてグラデーションを楽しもうという魂胆だ。理屈はKansei_1簡単。下ごしらえもさほど難しくなく誰でもそのレベルに応じて楽しく出来る。カミサンはビールグラスに挑戦。一生懸命カッティングする。3時間ほどで完成したのがこの画像。塗り物やシールなどと違ってガラス面に傷を付けているので褪せたり剥がれたりすることもなくなかなかよい。

Tori父ちゃんはなにを作ったのかって? がはは、我が輩は松ぼっくり や木の子切れを使って野鳥のオブジェを作ってみたのです。道具も全部貸してくれるので思うがままに作れた。完成したものは今までにお腹へ収まってしまった鳥たちへの供養碑として我が家の玄関に鎮座しておりまする。合掌。

まめに探すと公共施設にはリーズナブルに楽しめる穴場がけっこうあるものだ。たまに行くと楽しいかもしれませんな。

2006年9月27日 (水)

キティホーク乗艦記(番外編)

番外編。
キティホークのクルーズは後の主催者側発表で2200人ものゲストが乗り込んだとの情報を目にした。よくぞまぁこれだけの人間を積み込んだものだ。確かにゲストルームにあてがわれたハンガーべイは終戦時の引揚船のように人でごったがえしていたが、二千人以上も余分に飲み込んでいたとは思わなかった。
今回の参加費は5ドル。これで朝ご飯と昼ご飯が付いてくる。ただしなにかしらの事故が起こったときに米政府へその責任を訴追しないという念書にサインを求められた。甲板から海に落っこちても自己責任だよというわけだ。フライトデッキにギャラリーを並べてそのすぐ脇でタッチアンドゴーを見せるとはさすがアメリカはやることが派手だ。日本じゃ絶対そんな危なっかしい見物方法はとらないだろう。それ以前に自衛隊には航空母艦は存在しないが・・・

Morning 艦内で提供された朝ご飯と昼ご飯。左の画像がモーニング、右側のがランチだ。こんなのをカフェテリア形式で好きなだけ取って食べていいのだが、そうそう腹に入るものではない。横では外人さんたちがトレイにてんこ盛りにしてばくばく食べていた。彼らのお腹はスLunchチールでできているらしい。味付けもアメリカ風で、ハンバーガーの パテはなんだか淡泊でパンズはぱさぱさ。まずくはないがそんなに美味しいってものでもない。ただ当日けっこう波風が高くて揺れるかなと思ったのだが、8万トンの大ぶねはぐらりとも揺れなかったのでたらふく食べても船酔いの心配だけはなくて助かった。

エアショーが終わって帰港するまでの間、ハンガーベイではアトラクFightションで水兵さん達がゲストのファミリーにサービスをしていた。真っ赤なプロテクターで全身を包んだ水兵さんを、棍棒でもって好きなだけ殴りつけていいよというイベントに子供達の列が出来ていた。反撃は御法度のようで水兵さんはやられるがまま。子供限定なのだが、大人がやったらけんかになりそうな雰囲気がある。もっともワシなどはとても恐ろしくてできないが・・・

水兵さん達は皆親切で分からないことは聞くと丁寧に教えてくれるし、艦内もほとんど自由に往来できるのが有り難かった。さすがにカメラは御法度だったがCDC(Combat Direction Center 戦闘指揮所)も見学を許された。艦内では兵器庫と並んで一番機密度の高い部屋だ。真っ暗な部屋にレーダースクリーンやモニターディスプレーが明滅してしていて、スクリーンにはLink16という敵味方識別コードで繋がった友軍艦艇がプロットされていた。戦時にはここから命令を発することになるのだろう。ブリッジには登れたのだが操舵室が見られなかったのが残念と言えば残念なところ。

今回、純粋に怖いもの見たさの欲求は充足された。願わくばこの怖いものが本来の怖さを発揮する機会がこの先も来ないことを切に願いたいと思う。

2006年9月26日 (火)

秋の深まり

Susuki秋ですねぇ。
お外に出掛けるにはいちばん気持ちの良い季節だ。休暇が取れたのでふらりと野山を訪れてみた。左の画像は三国峠から見た富士五湖のひとつ山中湖と富士山。富士山も冠雪まではまだ間がありそう。風にそよぐススキの穂がなんとも秋の風情を感じさせる。こちら側は富士山の東側に位置する。富士山は東西南北見る側によってその顔を変える。田貫湖などの西側から見た顔つきより、こちら側の方がなんだか優しそうに写るのは気のせいだろうか。

Fieldなじみの無管理キャンプ場の最果てにテントを張る。夜中の午前三時頃、鹿が近くまでき て自分の縄張りに入ってきた侵入者に威嚇の鳴き声を発してうるさくて仕方がなかった。眠たかったので無視したが、頼むから一泊だけは許しておくれ。鹿も冬毛に生え替わる季節。夜中はもう摂氏10度を割り込む頃合いだ。野山にも秋は確実に駆け上がっていく・・・

2006年9月23日 (土)

キティホーク乗艦記(最終編)

中編の3の続編。

Ooshima 嵐のようなタッチダウンとテイクオフの連続が終わり、フライトデッキもやや落ち着いた。だがこれで終わったのではなかった。今度は各種の飛行機がフライバイという低空で近くを通過するデモフライトが続く。随伴艦を含めて一斉に左へと急速回頭をした。後方には伊豆大島のシルエットが延びている。こんなに島の近くで演習をしていたのだとは気が付かなかった。

Flyby1Flyby2Flyby3

ブリッジ上でフライトデッキの直上を音速で通過するジェット機を見ていると、タッチアンドゴーよりもさらに迫力がある。E-2Cのローパス(低空飛行)は機体が大きいだけに迫るものがあった。映画「トップガン」でもトムクルーズがふざけてフライバイを要求し、通過時のソニックブーム(衝撃波)で管制塔のエアボス(航空管制指揮官)がコーヒーをこぼしてしまうシーンが出てくるのだがまったくそんな感じ。目前で音速を超える時のソニックブームはまさに落雷のように聞こえる。コーヒーカップを手に持ってなくて良かったなぁと思う (^^;)

一機のホーネットがアクロバット飛行を披露してくれた。急降下に背面飛行、宙返り、きりもみ飛行、どれも難易度の高い技で、以前に航空自衛隊浜松基地でみたブルーインパ ルの曲技飛行よりずっと大胆に見える。いちばん驚いたのは機Navyphoto1_1首を45度に持ち上げた常態で失速寸前までエンジンパワーを落とし、低速で水平方向へスライドしていくという技。まるで犬の散歩のよう。派手さはないがF/A-18の運動性能とパイロットの技能を見せ付ける見事なもの、あまりに見とれて写真も撮る暇がなかった。Navyphoto2
米海軍のオフィシャルホームページにて今回の行事を紹介していたのでそこから画像を少し拝借してきた。さすがに従軍カメラマンの撮る写真はすばらしい。ほんとにこんな風に飛んでいたのですよ。や っぱ道具かなぁ・・・と自分の腕の無さを棚に上げて道具のせいにするのはいつものことだ。

デモフライトも無事終了。艦載機はそのまま全機神奈川県厚木市の海軍航空隊基地へと向かった。耳当てのイヤーマフを外すと普段の世界に戻った気がする。興奮の2時間だった。
まったく偶然に降って沸いた今回のキティホーククルーズだったが、こんなチャンスはもうそうそう無いだろう。この船も2008年には退役する。後を継ぐことになっている航空母艦は言わずと知れた原子力船。もう日本人は乗せてはくれないだろう。Bousou自分の悪運に感謝しつつ、ハンガーベイに戻った。
軍側が提供してくれた食事をハンガーベイでほおばりつつ興奮の余韻に浸る。ふと開口部から外を見ると房総半島が見えてきた。ホームポートの横須賀はもうすぐだ。

今回は航空母艦の持つ圧倒的な軍事的プレゼンスを感じることができた。それらはパイロットたちの卓越したテクニックとその何倍もの数の関連要員たちによって支えられている。この1隻が日本海やアラビア海に存在するだけで周辺国に与える威圧感は相当なものと推察できる。しかしながらこの五千人の乗組員と何十機もの航空機を持つこの船一隻を維持・更新していく莫大なコストは、小国の総軍事予算にも匹敵する。平和はタダででは手に入れられないということだろうか。平和な日本はいまのところその傘の下に存在している。平和のために払わなければならない日本の代償について、落ち着いたらじっくりと考えてみたいと思っている。

延々と続いた長文をご覧いただきありがとうございました。

2006年9月22日 (金)

キティホーク乗艦記(中編の3)

中編の2の続編。

Go 飛行甲板上では発艦準備が整った。緑色のジャケットを着たカタパルト要員が準備完了のサインを送る。いよいよホワイト大佐のテイクオフだ。合図員がGOのサインを送り、重量20トンの飛行機を一瞬にして時速300キロ以上に加速する。すごい迫力だ。映画で観るシーンとはまるで違う臨場感がある。カメラのシャッター速度を速めてもとても静止できない。あっという間に彼方へ飛んでいってしまった。

White3_1Wingman1 Wingman3

アメリカの象徴である白頭ワシを尾翼に描いたホワイト大佐の僚機もアフターバーナーの赤い炎を残して発艦していく。カタパルトから打ち出されると艦首側のカタパルトに乗っていたホーネットも同時に飛び出していった。ともかく手際よい。次から次という感じ。パイロットや甲板要員の熟練度は相当に高いとみた。

Ea6b3Ea6b1Ea6b2 

引き続いてEB-6Bがカタパルトにセットされる。本艦の左舷側を寄り添うように併走するのは横須賀を母港とするイージス巡洋艦CG63カウペンス。こちらの方にも鈴なりのギャラリーを載せているようだが、やはり迫力は空母に乗っていた方がより強烈だ。カタパルト要員が入念にチェックをしてこちらも無事に発艦していった。

E2c1E2c2Formation1

さて発艦のトリを勤めるのはE-2Cホークアイ。こんな大きな飛行機が飛び立てるのかねと思うくらいの存在感がある。でもさすがに蒸気カタパルトは優秀で、ぐんぐん押し出していく。上空では先に飛んでいったホーネットが編隊を組んで旋回をしている。フライトデッキ上の飛行機はこれで全機発艦していった。さて次はなにを見せてくれるのかな。

Landing1_2Landing3_1Landing2_1

デッキがきれいになったら直ぐにタッチアンドゴーが始まった。最初のホーネットが艦尾から降下してくる。船は最大戦速で風上に向かって邁進している。ごう音と共にタッチダウン、その後エンジンを吹かしてまた離艦する。こりゃすごい。進入経路がちょっとでもずれるとフライトデッキ上のギャラリーに突っ込んでしまう。パイロットの腕前にはほとほと敬服してしまった。

WhitelandingE2c_landingLandinghooking

ホワイト大佐の乗機も降りてきた。飛行隊指揮官なんだから下手なところは見せられませんぞ。この時はタッチアンドゴーではなく着艦フックを引っ掛けて降り立ち、即座にタキシングしてカタパルト甲板へ移動、直ぐにまた打ち出されていった。この一連の流れはほんとにすみやかで、作業のフローにまったくよどみがない。もうさすがと言うほかない。
E-2Cも負けじとタッチアンドゴーのデモンストレーション。しかしちょっと右にロールしすぎているぞ。あぶねぇあぶねぇ。
唯一着艦ワイヤーの状態が撮れたのは上右の画像。二番目のワイヤーを引っ掛けて無事着艦。この機も直ぐにまた発進していった。ともかくこれでもかというくらい着艦、再発艦、タッチアンドゴーを繰り返す。おかげで質は悪いが色々な写真を撮ることができて嬉しい。とはいうものの被写体の速度があまりにも速すぎて写真上では止められない。う~む、良いカメラが欲しくなったぞ。

アナウンスがあって飛行甲板が開放された。もう発着艦はしないようだ。これで終わったと思ったらとんでもない。まだ次の部が控えていたのだ。

以下最終編に続く・・・

2006年9月21日 (木)

キティホーク乗艦記(中編の2)

中編の1の続編。

Kitty3_4 東京湾を出てしばらく経った。恐らくは大島沖あたりの訓練区域まで進むことになるだろう。ブリッジのフライトデッキ寄りから見ているとまさに高見の見物。フライトデッキにいるよりよく見渡せる。後方を見ると幅広いウエーキ(引き波)を引いていた。直径7メートCleaningルもあるスクリュー4基が30ノット近い速力を絞り出している。8基 あるボイラーもフル操業ってところか。
フライトデッキでは甲板員が一列になって異物を探して歩いていた。今回はデッキ横にギャラリーが並んでいて、10メートル先をジェット機がタッチアンドゴーで通過することになる。万が一車輪がパンクでもして人混みに突っ込みでもしたらえらいことになるのはもちろんだ。

Engine_testTestCapt1_1   

面白い場面に出くわした。蒸気カタパルトの試験だ。このカタパルト、ジェット機を引っ掛けてエンジン推力と合わせて時速300キロ以上まで加速するもの。加速が得られなければ飛行機はそのまま海へ直Magwai行してしまう。入念にテストが行われていた。そうこうしているうちに手前にある派手な機 体に乗るパイロットが現れた。機体色とコクピット横に書いてあるマーキングから第27戦闘攻撃飛行隊(VFA-27)ロイヤルメースの隊長さん、“マグワイ”ホワイト大佐だと思う。マグワイとはコールサイン名で、あの名画「トップガン」でトムクルーズ扮するパイロットのコールサインは“マーベリック”だったのをご記憶の方もいるだろう。しかしホワイト大佐は日本語で「まぐわい」ってのがどんな意味だかわかってるのかねぇと思う・・・

いよいよエンジンテストが始まった。すごい爆音だ。射撃競技で使うイヤーマフ(ヘッドフォンみたいなやつ)をあらかじめ持ってきておいて良かった。これがないと難聴になってしまう。もちろん甲板上の機付整備員たちは皆でっかいイヤーマフを付けている。甲板上に駐機していたヘリコプターが上空監視の任を帯びて離艦した。準備は着々と進む。

Ea6b_1Fa18c_1Fa18f   

発艦準備なった二機の横を艦首のカタパルトに向かってF/A-18Cがタキシングしていった。さらに複座のF/A-18Fも発艦待ちをするためその後を追う。編隊長機に比べると塗装はシンプルだ。上中の画像を見ていただきたい。ギャラリーと飛行機との間は僅かしかない。タキシングしてとろとろ動いていくくらいならまだしも、タッチアンドゴーをこの距離ですることになると多分ものすごい迫力になるだろう。迫力というよりも怖い。ブリッジに陣取っていて良かったなぁと思う。例の編隊長機の後ろにも順番待ちのEA-6Bが待機する。5機のジェット機と1機の双発プロペラ機全てのエンジンが回って甲板上はものすごい爆音の嵐。いやがおうにも期待が膨らむ。

さぁ、いよいよショータイムだ。

以下中編の3に続く・・・

2006年9月20日 (水)

キティホーク乗艦記(中編の1)

前編からの続篇。

Ladder 階層構造になっている艦内はまさに迷路と言うにふさわしい。しかも立ち入り禁止区域が設定されているわけでもなく、道案内が立っているわけでもなくてどこにでも行けそうな感じだ。この辺は乗組員が家族を彼らの持ち場へ連れていくのに制限を設けていないためだろう。何層にもなっている階層をひたすら上に登っていく。そのうち甲板へ出るだろうと思っていたら迷子になってしまい、"AIR BOSS"(航空管制指揮官)って書いてある個室の前に出てしまって一瞬あせってしまった。どうもブリッジ(艦橋)まで登ってしまった感じ。近くにいた水兵さんにフライトデッキへ行きたいんだと言ったらご丁寧にも案内してくれた。変なところにでも行かれたら困ると思ったのかな。

Landing_wireBridgeFlight_deck   

ブリッジのハッチから出るとフライトデッキはごらんのとおり歩行者天国状態。レーダーはぐるぐる回ってまさに航海中の雰囲気だ。足下を見ると着艦ワイヤーが何条も伸びていて足を引っかけそう。このワイヤー、直径4cm程あって飛行機の着艦時にはこれにフックを引っ掛けて止まる。まさにパイロットにとっては命綱となるものだ。 

E2cFa18Ea6b 甲板上にはこれからデモフライトを披露する航空機が数機繋留されている。一番大きいのは双発プロペラ機の上空早期警戒機E-2Cホークアイ。大きなレーダーアレーのお皿が飛行中はぐるぐると回る。上真ん中の画像、艦尾に2機並んでいるのは一見似ているが実は左側がF/A-18Cホーネット、右側が新型F/A-18Fスーパーホーネットだ。さて画像から違いがわかるかな?上右の画像は電子戦支援機のEA-6Bブラウラー。ベトナム戦争当時からある攻撃機の改造版で、レーダーや通信の欺瞞を担当する影武者みたいな存在になる。

KaihoFa18cFa18e 

発艦用カタパルトにはすでに二機が用意されていた。上左はF/A-18C、真ん中の画像はF/A-18E。ホーネットと言えども色々と種類があるものだ。こちらの飛行機は派手なカラーリングをしている。編隊長の乗機だろうか。
そうこう物珍しく見ていると艦は東京湾の出口に向かっている。東京湾上にある人工島「第二海堡」のすぐ脇を通過した。外海はもうすぐだ。

Bridge2Sh60bSh60b_1   

ブリッジへ登っても怒られなさそうだったので行ってみた。フライトデッ キの見えるブリッジの外側へ出てみるとなかなかの見晴らし。ここでしばらく観察としゃれ込んだ。東京湾口も近くなった頃、上空警戒を行っていたヘリコプター(SH-60B)が降りてきた。カタパルト上に降りてしまったので飛行機の発艦区域である洋上に着くまでは一休みなのだろう。

今回のメインイベント、艦載機によるデモフライトももうすぐだ。しかし雲が厚くてデジカメ写真への光量が足りない。でも雨が降ってこないだけまだましか。

以下中編の2に続く・・・

2006年9月19日 (火)

キティホーク乗艦記(前編)

なんと今年の末までに使う予定だった運をまとめて使ってしまったようだ。それほどの幸運に感謝する機会があった。

日本、アメリカに係わらず各国の軍隊には兵士の士気を高め、家族の理解を深めるために軍人・軍属とその家族を対象にした見学会を不定期に開くようだ。横須賀市になじみの深い米海軍ももちろん例外ではない。しかし、一般開放と違って、実際に米海軍の艦艇に乗船してクルーズする機会など日本人には望むべくもない。
しかし・・・しかぁし、基地関係者から前もって予定していたゲストが来られなくなったので空母キティーホークの日帰りクルーズ乗船に代わりにどうだという誘いを直前にいただいた。艦載機のフライトデモもあって費用は5ドルだという。もう後先考えずに二つ返事でOKした。

最初に申し上げておくが、駐留軍としての米軍に係わる様々な社会的問題があるのは十分承知をしている。軍隊・兵器は戦争のための道具であるのは言うまでもない。そんなものに飛びつくのもナンセンスという見方もあるかもしれない。しかし、今回は単純に「初めての経験」「怖いもの見たさ」を求めた結果とご容赦いただきたい。この機を逃したら二度とこんなチャンスは巡ってはこないだろう。それほど自分にとってはインパクトのあるお誘いだったといえる。

Kitty3_3Kitty2Kitty1_1  

当日は雨マークの付く天気予報だったが幸い降り出しはは遅くなりそうだ。基地ゲートをくぐり徒歩にて空母用桟橋へ向かう。前方の交差点前方に大きな艦影がのぞくがさすがに大きく見える。近づくと青い看板が目に付く。米海軍の航空母艦の中で、唯一の前方展開(母港を米国外に持つ)空母で有る旨が読める。その看板の裏側にはたたずむ基準排水量8万トンを超える大型艦艇。圧倒的な存在感がある。さっそく桟橋から乗り込みチェックインさせてもらった。

GunsSlamLaser_bomb 

出航前、まずはハンガーベイと呼ばれる格納庫の中から見学を開始した。公開対象が一般人ではなく基本的に米海軍・軍人軍属とそのファミリーなので、展示物もけっこうラフに展示してある。ここには航空機に搭載する様々なペイロードと警備等に使う小火器が展示してあった。上左の写真はSLAMというスタンドオフミサイル(AGM-84H)だ。航空機から発射されると巡航ミサイルのように羽を広げて目標まで飛んでいくもの。射程は280Kmもあるという。中間の写真はレーザー誘導爆弾の一種(GBU-24)。現在の主力攻撃機のF/A-18はこれらの兵装を主翼下にごってり積んでいくのだ。小火器類もライフル、ハンドガン、軽機関銃といろいろある。私でも撃てそうなレミントンのショットガンもあった。ただ銃口から察する口径は日本の標準である12番ゲージではなくもっと大型の10番ゲージのようだ。反動も大きそう。

CranesGary_1Essex   

ハンガーベイの大きな開口部から外を見ると、同じ第七艦隊所属ミサイルフリーゲート艦FFG51ゲアリーがタグボートに随伴されて一足先に出港していった。反対側の桟橋側を見ると移動式クレーンが橋を持ち上げいよいよ出港だ。8万トンの巨体が動き始める。隣の桟橋にはもう一隻航空母艦のような船が第七艦隊の旗艦LCC19ブルーリッジと並んでいた。これは佐世保基地を母港とする強襲揚陸艦LHD2エセックスで厳密な意味での空母ではない。この船のお腹にはホバークラフトを二台積んでいるという。海上から基地側を見渡すと色々なものが目に入る。新しい岸壁には大きなクレーンが二台装備されているのが目に付く。ここは2008年にキティホークに代わって配備される予定の原子力航空母艦が使うことになるのだろう。

雲が厚いがまだ雨は降ってこない。さて、息苦しいハンガーベイからフライトデッキ(飛行甲板)へ出てみることにしよう。

以下中編の1に続く・・・

2006年9月14日 (木)

どっきりカメラ(鹿狩り編)

Tony またもや面白い動画を見つけた。これ。

アメリカ版のどっきりカメラっていうところか。とてもリアルにできた鹿のぬいぐるみにマイクとスピーカーを組み込んだ上で車のボンネットに縛り付けて、道行く人達に話しかけさせ反応を見るというもの。リアクションがすごく楽しいのですよ。最後はとってもかわいそうな結末が。

ちなみに鹿がしゃべっている内容の一部を違訳ごめんで訳すと・・・

どこへ買い物に行くんだい / 助けてくれよ~ / へぃねぇちゃん、へぃへぃへぃ / 落ち着けよわんこ、一緒にワナに掛かろうぜ / そのだっこしている息子さんをおくれ / 連中が俺を撃ってホットドッグにしようと思ってやがるんだ / 兄ちゃんキスしておくれよ(チュ)おぉ、こりゃゲイだっ、ぺっぺっぺ / へぃ、ミスバドワイザー、時間はあるかい。俺ぁベッドルームに戻りたいんだけど、君も一緒にどうだい?○●○はやったことあるかい?うひゃひゃひゃひゃぁ

おっと、これ以上書くと私の品位も疑われるので止めておこう。この鹿君、もっとすごいことを言っているのだがとても書けない。でもこういうギャグってスキだなぁ。元祖アメリカンパロディって感じ。またどこかで探してこよう。

2006年9月13日 (水)

さらにチャンポン

Senpeiここまできたらとことんチャンポン。
お土産はこれ、「ちゃんぽんせんぺい」 煎餅じゃなくって「せんい」なんですな。
これがまたなかなか秀逸。うまく作ったものでちゃんとチャンポンの味がするのですよ。値段もお手頃、枚数も入っているので職場のお土産にはちょうどよい。
お土産用の麺も売っているが、チャンポンの味は野菜や肉・魚介類で煮込んで出るダシで出る物であるから、麺とスープだけ買って帰っても自宅であの味は絶対出せないと思うので買わない。

ご当地ものってやっぱりいいですね。残念なことに我らが故郷にはそれらしいものがどうもぴんとこない。。
海軍カレー? う~む、これも特産品と言えるのだろうか・・・

2006年9月12日 (火)

続・長崎チャンポンは佐世保で

仕事さえ終わってしまえばこっちのもの。
今回の出張の受け入れ先で地元のうまいものの情報収集。前日に食した大阪屋ラーメンはやはり地元でも有名なのだそうだ。ではチャンポン専門店ならば?という疑問符にはおふた方より同じ屋号を聞くことができた。佐世保市全市民のうち25万分の2の推薦するチャンポン屋さん。幸いにして佐世保駅前にあり、帰途に立ち寄れそうなロケーションにある。これを食せずして佐世保市を去れようかということで性懲りもなく訪れてみることにした。

Daizen2 「二軒並んでいるところの右側だよ」と念を押されていたので迷うことは無かったが、たしかにまったく同じような雰囲気でチャンポン屋さんが並んでいる。こちらの「大膳」というお店。混んでいる店内が期待を膨らまさせるに十分だ。もうこうなったら帰りの飛行機便を遅らせてでも食べてやるぞと気合いが入る。
出てきたのがこちら。大阪屋のチャンポンに比較して具の盛りがDaizen 多い。その中身もカキやアサリ、エビなどが豊富でやはり専門店だけのことはある。麺は大阪屋の極太麺に比較して少し細いが存在感のある太さだ。しかも¥650とリーズナブル。それでもって・・・うまい・・・うまいんだけどスープは大阪屋のほうが旨味が出ていて深い感じがする。この辺は微妙なところだが、私のようなシロウトの舌にはどっちも優劣付けがたい。おいしけりゃ幸せなのさ。

いいですねチャンポン(正式にはひらがななんだそうだが)。やはり本場は違うと痛感した。某長崎チャンポン全国チェーン店の味しかしらない身にはとても新鮮。佐世保市民がうらやましい。どーもごちそうさまでした。

2006年9月10日 (日)

長崎チャンポンは佐世保で

またもや駆け足の出張を仰せつかってしまった。
木曜日に出張指示が出て日曜日に長崎県佐世保市に移動、月曜日に仕事をしっかり片づけてその日に帰って来いと言う強行日程。移動日は公休日なのだからと往路ちょっと寄り道をして途中長崎市街へ寄ってみようと考えた。
Trumway 長崎市は初めて訪れる街だ。路面電車がメイン通りをがんがん走っていて市民の足となっている。このチンチン電車はどこまで乗っても¥100という便利な乗り物で、頻繁な運行本数も相まってバスよりも断然使いやすい。さすが長崎だ。

さて長崎市で立ち寄ったのは原爆資料館。このチンチン電車に乗Genbaku_1って訪れた。今更説明の必要もないだろうが、過去の悲惨な被爆体験をしっかりと記録した資料館で、歴史の一ページとして留めるというひと言ではとても言い表せない重さを持っている。生々しい記録の数々は見る者を圧倒させるに十分だ。平和ないまの日本に生きるありがたさを痛感する。機会が有れば我が家の子供達にも是非見せてやりたいものだ。

佐世保市に移動してビジネスホテルにチェックイン。晩飯はまたもや大阪屋ラーメンを訪れた。佐世保に来たらこの店は外せない。今回は試しにメニューにChanponあるチャンポンを頼んでみた。うむ、浅いラーメン皿に丸い太麺がまさにチャンポン。スープの基本は大阪屋ラーメンのスープで変わりがないが、ごま油を効かしてチャンポンスープに仕立ててある。これがまたうまいのですよ。お皿と一緒にソースを渡された。知らなかったのだが、こちらではチャンポンにソースを掛けて食べるらしい。ちょっと怖かったので少し端っこに掛けて食べてみたのだが、なるほど悪くはないですな。でも私は胡椒をぱっぱと振るくらいが好きだなぁ。

またうまいものを見つけてしまった。このラーメン屋さんさえあれば強行日程の出張もなんのその。いつでも請負いますぜボス。でも日帰りは勘弁してね (^^;)

2006年9月 8日 (金)

鹿の逆襲

Shikakanban_1 とあるリンクをたどっていたら、なかなか笑えるムービーを見つけた。場所はここ。
しかしこんなめには遭いたくないですな。窮鼠猫を噛むではないが鹿もそうそう黙ってやられはしないということだろうか。

皆さんも山に入ったら気をつけて下さいね。

2006年9月 7日 (木)

標的射撃も当たればよし(当たらなかった編)その3

10ヶ月ぶりのトラップ射撃練習、久しぶりの緊張感が走る。Fiby1
練習とは言っても実銃と実包を使うもの。その扱いには過ちは許されない。少し気を張る くらいがちょうどいいのかも。プーラーさんというお皿を飛ばす機械を操作する方と開始前の雑談。なんでもこの射台は練習用にお皿のスピードを遅く設定してあったのだが、公式競技のためには遅いと練習にならないというクレームがあって2廻りほどいつもより速度を速く設定してあるとのこと。がびぃ~ん、それだとワシなんかには当たる物なら当ててみろ状態ではないか。

一回のゲームでは合計25枚のお皿を順次狙って撃っていく。最初の一枚目。右方向に低高度で素早く飛ぶクレー。ツバメが飛んでいくように感じる一番苦手にするコースだ。二発撃って失中。最初にしくじるとあまり続かないのがいつものペース。結局25枚を終わってヒット13枚の結果。次のラウンドでは12枚。ちょうど半分の命中率。がはは、だめだこりゃ (T-T)

Friend1 同行の友人は私なんぞは及びも付かないベテランなのだが、ライフル射撃が得意のジャンル。そのためライフル撃ちの構え方が身に付いていて散弾撃ちは難儀していてスコアが伸びていない。2ラウンド終わって同じ組の4人で相談。皆似たり寄ったりの腕前の面々だ。次はいっそのこと皆でまっすぐ皿にしてもらおうということで意見が一致した。トラップ射撃では射台に立って皿が飛び出すまでどの方向に皿が行くかわからないようになっている。これが難易度とゲーム性を高めているのだが、今回はこれを全て真っ正面に飛翔するようにセットしてもらおうという魂胆だ。

さてやってみるとこれがよく当たる。スピードが速くても飛翔方向が完全に予測できるので狙いも付けやすい。中心にヒットして粉々にお皿が砕け散るといかにもって感じでこれがまた気持ちがよい。5枚は外したが20枚ヒットでラウンド終了となった。練習にはならないかもしれないが、やはりクレー射撃は当たらないとつまらないですな。

Takowasa天気も良くて久しぶりにエキサイティングなゲームができた。台風の余波で風が強くなって きたので早々に終了して帰途につく。帰りがけに金谷のフェリーターミナルのお土産屋さんで塩辛の物色。一通り試食してこれだというのを買ってきた。「たこわさび」、わさびの風味がつんと鼻をついて良い風味。漬け物には目がないのだが塩辛系にも弱いのよ。たこわさ最高ぅ。

Sara やはりもう少し射撃場へ足を運んで練習しないことにはだめですな。もっぱら懐具合と相談になるのだが、せめて年内にもう一回・・・行かせてくれませんかねぇ奥様。たこわさ食べてもいいから・・・

2006年9月 6日 (水)

標的射撃も当たればよし(当たらなかった編)その2

Trap_gun1 ここの射撃場はリニューアルしてトラップ競技の射台が2セットある。国体にも使える公式のお皿スピードを備えた射台ではオールドタイマーの方々が懇談されていた。銃架に立て掛けてある競技銃もいかにも高級そうだ。手前にある2丁の銃の銃床をご覧いたTrap_gun2だきたい。トラ目と言われる木目が実にあざやかだ。最近はこのように綺麗な木目の銃床はなかなか入手が難しいらしくけっこうな お値段がするらしい。手彫りの機関部彫刻も施されたこれらの銃はどちらも100万円は下らない感じ。モノによってはベンツやポルシェ並みの値段が付いている鉄砲も有ると言う。

一方私が所有するトラップ競技銃はこちらの手前側の銃。見た目は安っぽく見えますが実は・・・安いです。国産中古で9万円程でゲットしたもの。とは言え安サラリーマンにはこの金額でも清水の舞台から飛び降りる覚悟が必要だった。奥側に見えるのは同行の友人の銃で私のと同じくらいTrap_guncheapのグレードの銃だが、新品で買って18万円だったのこと。まぁそんなもんです。画像のバックがみすぼらしいので一層安っぽく見えますな。鉄砲は耐用年数が長く、ちゃんとした手入れをしてあげれば一生でも使える。私にはこのくらいのクラスが身分相応だ。
では100万円超の鉄砲はばんばん当って、安物のそれはそれなりかというとあながちそうでもない。やはり腕前がモノをいうのがこの世界、って腕のない者が言うせりふじゃないですな。

射台では青年がなにやら若者好きのする軍用の突撃銃みたいな鉄砲でクレーを追っていAnchanた。利用者の年齢層が比較的高めの射撃場としては珍しい。こういう若手がどんどん台頭していってもらいたいものだと思う。撃っていたのはきょう初撃ちのロシア製散弾銃であるとのこと。この後に銃に取り付けてある照星(狙いをつける時に使う銃身の上にある部品)が緩んで外れてしまい、芝の中にまぎれて無くなってしまった。周囲の皆で地面を捜索したのだが結局見つからない。初日から壊れてしまうとは、さすがロシア製・・・と言っては失礼か。

さぁ、射撃用のベストを着込んで弾も用意してこちらも準備完了。おしっ撃つどぉ。

さらにつづく・・・

2006年9月 5日 (火)

標的射撃も当たればよし(当たらなかった編)その1

私の職場はお盆休みも無ければゴールデンウィークなるものもない。ずぅ~っと平常勤務。でも週末のお休みの他、たまに平日の何でもない日がカレンダーでお休みだったりして、土日は混雑する施設が空いている状況で使えるというの役得もある。
Tokyowan ぽこっと空いた平日休み、職場の友人に誘われてクレー射撃に出掛けてみた。場所は千葉県の金谷にある金谷国際射撃場。国際って言うからにはインターナショナルな雰囲気ぷんぷんの射場かというと、これが全然ローカルな雰囲気でミスマッチなのが楽しい。
金谷へは当地三浦半島からはフェリーで東京湾を横断して向かう。車で行くとお金が掛かるので自動車はフェリー乗り場近くの駐車場に駐めておいて人間だけ乗れば船賃往復\1100で交通費は済む。貧乏人の知恵だ。久里浜-金谷35分のちょっとした船旅。天気がいいと気持ちがよい。久里浜火力発電所の大きな煙突を眺めながらしばし船旅を満喫する。

到着した船着き場には射撃場の車がお迎えに来ていた。ありがたいサShooting_range ービスだ。ほどなくして射場に到着。暫く来ていなかったのだが、射台を整備してリニューアルしてある。ちょっときれいになったかな。受付時に記録を見てみると、前回クレー射撃練習をしたのは昨年の11月! 一年に何回も撃たないからいつまでたっても上手くならないのは当然ですな。まぁ競技選手になるわけじゃないから楽しきゃいいや。だが楽しくなるためには当たらなきゃいけないということをこの後に知ることとなる。

つづく・・・

2006年9月 4日 (月)

ミツバチマンション建設中

ハンター師匠からの草刈りに来いとの出頭指示を受けての日曜日の早朝、指定場所である神奈川県北部の秘密アジトへと車を走らせた。
Rindou 到着直前にE-MAILを送ったり携帯電話にコールしたりしても師匠に通じなくなってしまった。まぁ場所はわかっているからいいやと車を降りて林道を山奥のアジトへと足を進めたのだった。到着しても人の気配がない、まぁそのうち戻ってくるだろうと一服していると、遠くから「こりゃぁ、そっちじゃねーぞー」の叫び声。どうも師匠は別の所に陣取っていて、間違えていまいかと思って探しに来てくれたのだそうだ。こりゃ私のはやとちりの巻き。Ajito2
車に同乗して第2のアジトへ向かう。さすが師匠、あっちこっちにアジトを持っている。さす がシンジケートの大ボスだけのことはある (^^;) ほどなく到着。まだハードトップの小屋はないが、なかなかこぢんまりしたいいスペースだ。日差しを遮る木立が嬉しい。ベースとするにはもってこいの場所だ。ちなみにここも地主さんから正式に借用させてもらっているとのこと。

おもしろいものがあるぞと車から出してきたのがこれ。鹿の頭 (^^;) 立派な角付きだ。なんでも三年前に北関東某所で狩った鹿の頭を、そのまま角付で小川のせせらぎに流れないように漬けておいた結果だそうだ。清流に三年間も浸かった頭部は完全に脱脂され白骨化しているので、グロな部分は新聞紙をまるめてガード。いやいやそれにしてもすばらしい出来映えだ。

Tuno2Tuno1Shishou   

ここで本邦初公開。制作者である師匠と鹿角との記念写真を。ご本人の許諾により修正なしで載せております。そこらのオッサンと間違えられても困るので濃い色のTシャツをまとっております。実際は白い角をきわだたせるために濃い色の服を引っ掛けてもらったのですけどもね。この角は車の屋根の装飾品になりそうな予感が大いにする。

Chikurin さて肝心の草刈り。左の画像をご覧いただきたい。これだけの面 積の竹林をほとんど一人で伐採してしまったのだから恐れ入る。私が手伝ったのはほんの一部分だ。右の画像は手を吸い込まれて抜けなくなった・・・のではなくて新しく設置したミツバチの巣にSubako_1 誘引用の蜂蜜を塗っているところ。そう、このアジトは蜂蜜泥棒に根こそぎ持って行かれた第一アジトに見切りを付けて、新たに設置した秘密のミツバチ用集合住宅用地だったのだ。

良い天気の日に良い運動をさせてもらった。しかし師匠のアジトはこの先いったいいくつまで増え続けるのだろうか。覚えきれるか心配になってきたぞ・・・

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »