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2007年5月11日 (金)

東京湾の人工島

東京湾には、その昔三つの人工島があった。今は二つとなってはいる。
首都(当時は帝都)防備のかなめとして東京湾に人工の島を作ってしまおうというという発想は明治年間にスタートして大正10年に仕上がった第三海堡(かいほ)でその完成を見た。戦略的な有効性とかいう問題は別にしてその時代、海の真ん中に島を作ってしまった土木技術と苦労は相当のものであったと思う。
Kaiho_2 その人工島も大正12年の関東大震災で被災してがれきとなってしまう。画像は空母キティホークのクルーズの時に飛行甲板上から見た第二海堡の様子。よくぞこんなところに島を作ったものだと思う。特に第三海堡の被害は酷く、地震でほとんど暗礁と化してしまった。

Heisha 世界一交通頻繁と言われる水路「浦賀水道」にある暗礁となってしまった人工島。第三海堡は過去座礁事故も何度か起きていたが、数年間を掛けて徐々に撤去され先頃完了をみた。海中から引き上げられた一部は神奈川県横須賀市の公園で現在展示されている。85年間海中に没していた煉瓦積みの兵舎跡は見る者を圧倒する。すごいものですねぇ。

東京湾を望む海沿いの公園に設置されたこの兵舎跡も、平和な世の中で安住できることをさぞや喜んでいることだろう。

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コメント

コンニチワ (^_^)/

東京湾にこのような人工島が作られていたなんて、初めて知りました。とってもミステリアスな気がします。
横須賀市の公園に展示されているという建造物も、不思議な感じ・・・・
この門をくぐると知らない世界に通じているようで、ちょっとだけ入ってみたい気もします。
何処に通じているんだろ・・・・・・(* ̄▽ ̄*)

ミーさん、こんばんは。

このような人工島は全国でも例がないみたいですね。今でこそ八景島のような海岸に面したレジャー施設の人工島はありますが、東京湾の真ん中に島を作るという発想と、明治年間にそれを行ったという点で驚きます。大変な難工事であったことは容易に想像できますね。

この第三海堡の展示物は私がよく薫製を作りに行く海に近い公園にあります。
薫製をもくもくやりながら、遺跡のような1200トンの固まりを遠巻きに眺めると、先人の苦労を少しだけ感じてしまいます。

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